タイトル未定
対人恐怖症。それはいいすぎかもしれないが、まぁ似たようなもんである。本当に仲がいい人以外を外で見かけても、絶対に声はかけないしむしろ逃げる。外に出るときに爆音で音楽を聴いているのも、万が一相手に見つけられて声をかけられても気づかないためである。相手にしちゃ無視されたことにかわりはないんだが・・・
そんなわけで今日も音漏れ確実なイヤホンをつけて、朝10時から見慣れた道を歩いているわけである。好きな歌手が吸っているというだけの理由で選んだマイルドセブンを吸いながら、時間つぶしに最適なドーナツ屋を目指して。
落とした目線に映るのは常にアスファルトで、周りの景色なんて見ても仕方がない。だから俺は気づかなかった。というか、そのまま気づかないでいられたらどんなに幸せだったことかと数分後の俺は思うのだ。
ドーナツ屋に今にも足を踏み入れようとするとき、いきなり肩を叩かれた。
「あぁ?」
見つかりたくもない知り合いに見つかったのかとも思ったが、顔をあげてみるとそこにいるのはまったく知らない女である。とりあえず、音楽停止。
「ちょっといい?」
何がいい?なんだかさっぱりわからん。つーか、誰だこいつは。
「これからここ入るんでしょ?一緒していい?」
・・・わけがわからん。2,3秒の思考の後、たどり着いた結論は『無視』である。当然だろう。最近はこの辺も変な奴が増えてるからね。捲き込まれるのだけは勘弁。おかわり自由のアメリカンコーヒーと灰皿を持っていつもの喫煙席に座る。
「・・・あの。何やってるんですか?」
なぜか対面にはこちらもおかわり自由のカフェオレを持ったあの女が座っている。敬語になっているのは、まぁ俺の気の弱さである。
「だって、何も返事しなかったってことはオッケーってことでしょ?」
どうすりゃそんな解釈ができるんだ?それよりも、本当にこの女は誰だ。高校時代にクラスメイトの名前が覚えられなかった俺だから、昔の知り合いを忘れているという可能性もあるわけで、とりあえず聞いてみよう。
「名前なんてゆーの?」
先に聞かれたよ。名前聞くってことは俺のこと知らないってことか?つまり他人。俺が知ってるはずがない。なぁんだ。無視をきめこんでも問題なし。
「高峰イツキ」
聞かれたことには答えなきゃね。偽名だけど。別に気が弱いとかではない。
「ウソだぁ!柏木ナツメ君?」
「知ってんじゃねーか!じゃあ、聞くなよ」とは言えるはずもないが、とにかくこの女は俺のことを知ってるらしい。身長は150センチくらい。髪は黒で肩くらいまで。顔は・・・まぁ可愛いほうだろう。こんな女は間違いなく俺は知らない。
「はぁ、確かに柏木ですけどあなたは?」
「忘れちゃったの?ひどいなぁ。がんばって思い出して、ナツメ君。」
いきなり名前かよ。それに、この女の声はなんかイライラする。しゃべり方もそうだけど、声質もアニメ声というかなんというか、とにかくイライラするのである。ストレス解消というわけではないが、俺はタバコを取り出し火をつけた。・・・のだが。
「だーめ。タバコは身体に悪いんだから吸っちゃだめでーす。」
はい、取り上げられました。嫌がる人の前では吸わないことにしてるからそれはいいとして、どうせなら火つける前に言えよ。1本損した。
「それで、思い出した?」
いや、そんな上目遣いで言われても。思い出せないもんは思い出せないし、それにその上目遣いとかもちょっとイライラするんですが。・・・帰るか。
「帰るのは許さないからね。思い出してから帰ってください。」
思考を読まれてる。最悪だ。優雅な読書タイムにしようとしていた時間はもろくも崩れ去ったのである。
・・・それが、この女との出会いだった。
「おはよっ!」
カバンを持っていない右手にいきなりの衝撃。普通なら驚くところなのだが、もう慣れたものである。
「・・・なんですか、先輩。」
「テンション低いよぉ。」
「起きたばっかりなんだから仕方ないじゃないですか。あと、そろそろ離してください。」
校門で男の腕に女がしがみついていれば注目を集めて当然。慣れているとはいえ、さすがに恥ずかしい。
そう、この右腕に子供のようにしがみついているちっちゃい人こそ、ドーナツ屋で出会った正体不明の女性である。
「帰るのは許さないからね。思い出してから帰ってください。」
「・・・」
こりゃ本当に思い出さないと帰れそうにないな。高校は違う。中学も違う。小学校は中学とメンバー一緒。幼稚園はさすがに覚えてるわけがない。
「すみません、本当に分からないです。」
「ひどいなぁ。いつもスクールバスで一緒じゃん。」
スクールバス・・・。スクールというくらいだから、大学の通学に使っているバスだよな。
「あ、そうなんですか?すみません、思い出せなくて。」
・・・ん?ちょっと待て。悲しい話だが、俺に大学の友人は男が1人だけだぞ。女の知り合いなんているはずがない。
「あの、スクールバスが一緒とはいっても、何で俺のこと知ってるんですか?」
「ナツメ君さ、去年まで短大の方に従姉いたでしょ?私、さくらの中学からの友達だからいろいろと聞いてたってわけ。」
さくらとは俺の1つ年上の従姉である。もう卒業してしまっているが、俺の通っている大学の隣にあった短期大学にいた。
・・・おい。もう1回待て。
「先輩ですか!?」
「そうだよ。人を外見だけで決めちゃ駄目よ。」
この150センチあるかないかの女性を見て年上だと思う方が難しいっつーの。童顔なうえに化粧もほとんどしてないし。つーか、また思考よまれてるよ。
「すみません、あまりにもチビ・・・いや、小柄だったので。」
「確かに今でも中学生で通じるけどね。そんなわけで分かってくれた?」
「あー、なんで話しかけてきたんですか?」
「いやね、ナツメ君友達いないでしょ?だから私が友達になってあげようと思って。」
直球ですね。事実だからいいけど。
「あっ、そうそう。私は後藤伊織。よろしくね。」
そんなわけで、先輩と俺はなぜか『友達』になり、人生で忘れたくても忘れられそうにない、むしろ忘れさせてくださいと頼みたくなるような1日から約1ヶ月がたち、今この後輩に先輩がぶら下がっているという状況があるわけである。
3月も下旬である。盛岡という極寒の地でも、そろそろ暖かくなってくる季節。極度の寒がりの俺でも、やっとのことでコートを脱いで外出できるようになったある昼下がりである。
「一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「んー、なにー?」
「何ゆえ俺はこんなことろにいるのでしょうか?」
「いいじゃーん、どうせ暇なんでしょ?」
答えになっていないが、そんなことはつものことだ。俺はどーでもよくなって溜息を吐いた。もう息が白いなんてことはない。
春休みもそろそろ終わるという日に、俺はいきなり先輩からいきなり呼び出された。場所は家から歩いて20分くらいの小高い丘。ベンチがいくつかあるだけの場所だが、岩手山が綺麗に見えることと、熊が出没することで、地元の人間には有名な場所である。最近知ったことではあるが、先輩の家は歩いて行こうと思えば行けないこともないかなぁという案外近い場所にあった。なので、たまに一緒にご飯を食べるくらいのことはあった。しかし、こんな場所に呼び出されたのは始めてである。
呼び出しておいてこの先輩は何かをしゃべる訳でもない。ただ、ぼーっとしているだけである。だが不満があるとう訳ではない。この緑に囲まれた空間は、根っからの田舎者の俺には心地よい。眠くなってくる雰囲気である。
先輩の様子がいつもと少し違うかなとは感じていたが、この人も俺と同じでなんとなく眠いだけだろうと思っていた。
4月に入り、無事にというか大学の制度で勝手に進級し、俺は3年、先輩は4年になった。
「おはよ、ナツメ君」
肩をぽんっと叩かれ、極々普通に挨拶をされた。
「おはようございます、伊織さん」
この頃には、先輩の要望で呼び方は『先輩』から『伊織さん』に変わっていた。敬語も止めるように言われたのだが、しゃべり辛いのでそれは勘弁してもらった。
いつもなら腕に抱きついてくるにもかかわらず、今日はやけに普通だったことに多少の疑問を持ちつつも、穏やかな朝の一コマに俺は安堵していた。
しかし、日を追うごとに先輩の態度は普通どころか、冷たくさえ感じられるようになり、ついには俺から挨拶をするようになる。
「伊織さん、おはようございます。元気ないっすね」
「あっ、おはよう。別に、ちょっと眠いだけ。ごめん、すぐ講義だから」
「ちょっ、待って・・・」
最近では常にこんな感じである。俺は寂しさを感じていた。相変わらず大学に友人がいない俺にとって、先輩だけが本音を語れる友人である。そして、中学生や高校生に見える外見ではあるが、唯一の頼れる存在だった。